その21/溝の口西口あたり、『かとりや』の「生姜焼き」
かつて闇市が栄え、昭和の匂いを残していた町も、
いつしか開発の波にもまれてすっかり姿を変えた。
けれど、懐かしいアテの火は小さく灯っていたのでした……。
2年間の放浪の末、住民票が消失し、田園都市線に転がり込んだとき、
あまりの居心地の悪さに、夕方になると気が狂いそうになった。
東急の田園都市計画の頂点として整備された、ご清潔な街並。
でも、溝の口西口商店街に迷い込んだとき、涙がじわっと出てきた。
しかし、数年後、東急は溝の口さえ大浄化、その横暴に拳を握った。
そんなある日、西口に降りると、おおーっ、ここはそのままだった。
闇市時代から変わらない蛇行した道に並ぶ古本屋、肉屋、古物商。
細いアーケードの終点近く、人が集まっている場所が二箇所ある。
鼠色のコートのサラリーマンと、ニッカボッカと、貧乏学生が、
肩を寄せ合う、心優しき立ち飲み。駅から手前が『かとりや』だ。
ここ、実はちゃんとした店舗が中にある、しかし、常連は外だ。
洗い場から焼き場まで独立した立ち飲み部は斉藤さんの独壇場。
まずは「さしとしんこ」二本ずつを頼み、焼き物の到着を待つ。
焼き物は80円。表面張力のコップ酒は250円。串でお勘定する。
オーダーは生姜焼き4本、シロをカリッと焼き、生姜おろしをのせ、
醤油を回しかけ、もくもくの煙の中、大量の刻みネギで覆いつくす。
やきとり(やきとん)屋で定番のシロの中でも、ここは首位を競う。
もひとつは四の橋鈴木屋のスタミナ焼き。そしてここの「生姜焼き」。
おおーっ、いよいよ「生姜焼き」の登場、「お酒おかわりくださーい」
きれいに掃除し、軽くボイルしたシロに塩も振らずにカリカリに。
パリっとした外側とプニっとしたジューシーな内側が、劇的に、
口の中でひとつになって、心の中を幸福がゆっくりと満たしてゆく。
生姜とネギの香味が、モツのケモノ臭さをかぐわしく包み込む。
生醤油だけの味付けがシロ本来の甘みを効果的に引き出している。
とは言っても、決め手は炭を知り抜いた焼き手の実力と個性だ。
黙々と焼きながら、皿も洗い、客との会話も絶妙にこなしていく。
話題はもちろん、競馬。常連が万馬券を当てたというニュースが、
立ち飲みの一角をどよめきで包み、みんな、本人の到着を待つ。
背中の後ろを、なんだかブルースな南武線が通り過ぎて行く。
溝の口西口商店街よ、永遠なれ!帰りはハセガワにでも寄って、
黄色いライスカレーの上に、ソースぶっかけて食べようかな……。
この十数年の「溝の口」の変貌は僕も知っています。昔の猥雑な町並みも、それはそれで個性的で、きっとアテの宝庫だったと思いますよ(T.T.)

それぞれの「引き出し」を
つくっているのはこんなひとたちです。