その40/慶応仲通り振興会あたり、『たけちゃん』の「ハムかつ」
借りたCDの1曲に感化され、
焦げ付くような食欲を満たすため、アテに向って自転車を漕ぐ。
ああ、胃にもたれない串カツに涙がにじむ……。
夢の続きを叶えようと郷土に帰り、織物を学ぶ女のコから、
「くるり」の新アルバムを買ったというメールが届いたのは、
まだ夏がはじまった頃だった、今はバイトしながら自宅住まい。
貴重なお金で音楽を手にした彼女のメールを見ながら、
中学や高校の頃の自分を思い出して、思わずうるうるした。
あの頃、お金があると全部レコード屋のレジに消えて行った。
やっと手に入れたアナログ盤を、毎日毎日聴き続けていた。
そんな話に感動しながら、僕は彼女よりもうひとつ下の、
25になったばかりのバーテンダーから貸して貰い、
聴いた「ワルツを踊れ」。いいアルバム、特に一曲が耳を離れない。
『ハム食べたい』、桃色のハム食べたいというリフレインが、
いつまでも、いつまでも耳に残り、僕はハムが欲しくなった。
借りたCD、曲を聴いて食欲を催す、ジジぃになったもんだ。
ハムといえば渋谷冨士屋本店の「ハムキャベツ」もいい、
恵比寿、めし処こずちの「焼きハム」も忘れがたい。
迷いに迷って僕は三田まで蒼いチャリンコを飛ばした。
目指すは『たけちゃん』、東京でいちばん串カツが旨い店だ。
しかし、東京風に暖簾の文字は串揚げになっている。
たぶん、合羽橋に串カツという暖簾はなかったのだろう。
でも大丈夫、ここは大阪そのまんまの立派な串カツ屋だ。
粉も衣もネタも、ニ度漬け禁止のソースのバットも、
ファーストオーダーに欠かせない土手焼きだってある。
牛、チーズ、竹輪も含めて90円からの串、ハムは110円。
海老なんかの高級ネタだって210円、関東もん向けに、
納豆なんて珍しいネタもあるし、関西の紅ショウガもある。
ネタによっては軽く素揚げしてくれ、塩だけでいただく。
その一つひとつが絶妙な火入れとタイミングで出てくる。
高級店のような細かいパン粉を薄く纏った山芋入りの衣。
表面はカリッ、中はモチっとしていて、文句なしの旨さ。
油がいいのか、油切りがうまいのか、技術と店の雰囲気か。
いいトシして、調子に乗って食べても、胃にもたれない。
サワーに酔い、揚げ物にのぼせている内に夏は過ぎて行く。
いつのまにか、「くるり」女子からの甘いメールは途絶えた。
No Music,No Lifeでも、No Love,No Lifeでもなく、
我ら親父たちは安酒場を彷徨うしかないのだろうか……。
盆を過ぎれば9月の風が吹く、さよならの季節だ。
もうきっと、桃色のハムを食べることもないだろう。
9月になればもうきっと……って、今日の「今日のアテ」、ちょっとエレジー入ってますね。(T.T.)

それぞれの「引き出し」を
つくっているのはこんなひとたちです。