その59/旧大山街道あたり、『b』の「カツサンド」
物見遊山の客が退いた後の三宿。
裏246にたたずむという、
大人の遊園地のような洋食屋が今日のアテ。

大人になんてなりたくない、それは男子一生の夢かもしれない。
いつまでも、ティーンエイジャーの頃の音楽を聞いたり、
でっかいオートバイを手放せなかったり、プラモや、
フィギュアの類いに夢中になるのは、決まって男。
団塊の世代になって、突然好きなCDを大人買いしたり、
高校生の頃欲しかった、アメリカ辺りのアコギを買い求める……。
それは女性たちには理解しがたい、男子一生の病だろう。
ハンバーグにメンチカツ、カレー、ハムエッグ、
マカロニサラダにポテサラ、ポークソテー、海老フライ……。
洋食屋は、そんな男たちが夢を温め合う場所だ。
揚げ物に炒め物、こってりしたソースと肉の塊。
そこに一本、小さな万国旗を立てたら、それはそのまま、
幼い頃、デパートの大食堂で食べたお子様ランチだ。
かつて、隠れ家的な場所として人気を馳せた三宿辺り。
熱病のような、物見遊山の客が退いた後には、
地元の人たちに愛される、選ばれた店が軒を並べる。
特に246旧道と呼ばれている旧大山街道の小さな通りには、
魅力的で、懐にも優しい名店がポツポツと点在する。
洋食屋『b』(ベー)は、その三宿側の入り口近くにある。
ウォーホールのリトグラフが無造作にかけられ、
アナログのアンプが置かれた開放感ある店は、
マスターの勉強部屋にでも遊びに行った気分だ。

本を読みながらご飯を食べても、怒られたりしない。
その特権だけなら、大人になるのも悪くないな……。
文庫化された大好きな詩人の詩文集を片手に、
『b』のはじっこの席に座る。両手を塞ぎたくないから、
オーダーはここの名物、東京一は日本一の「カツサンド」だ。
そうだ、ホッピーとこんにゃくソテーも貰おうかな。
一杯めは勢い良く空いてしまうから、中をすぐに注文!
少しずつ酔いがまわる頃、ソースの匂いが鼻をくすぐる。
向うのテーブルではハンバーグと肉じゃがコロッケだ。
マカロニサラダとハムエッグを頬張っているのは、
近所のインテリア・デザイナー、おや大学の先生もいる。
みんなが童心に返って、夢中になって好物に挑んでいる。
手作りのデミグラスやタルタルソース、丁寧な仕込み、
持って生まれた味覚の冴え、奥さんの気持ちいい接客……。
『b』は美味しい大人の遊園地だ、大金持ちや、政治家や、
威張り散らす大人は、きっとこの店には似合わない。
でも、まだハートのどっかに夢の欠片が燻っていたら、
今度の週末にでも、裏246をそっと訪ねて欲しい。
男子一生の夢、そして病。すべてが自分に当てはまる……。(T.T.)

それぞれの「引き出し」を
つくっているのはこんなひとたちです。