その60/三茶なかみち通りあたり、『さすらい』の「牛スジきゃべつ」

都会の流行を生み出すのはいつも
地方出身者。そんな人々を癒す
東京の古い商店街。今日のアテは、三軒茶屋。


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「幸福とは、撃ったばかりの熱い銃」
ジョン・レノンの歌の一節の本当の意味を、
気だるい午後の日差しの中で教えてくれたのは、
少女の瞳のまま大人になった西東京の女性だった。
きっちり閉められた、禁欲的な唇の外周に、
古い、小さなピアスの穴が二つ、舌の真ん中にも、
ピンクの耳たぶのあちらこちらにも、
針でつついたようなピアスの名残りがある。

もし、勝ちどき橋の袂で彼女に出会わなかったら、
もう一度ビートルズやディランを聴くことも、
ネイティブ・アメリカンのジュエリーのことも、
諦めかかった夢のことも、熱い情熱の残り火も、
きっといつのまにか、僕の中で風化していただろう。
夜中の1時過ぎ、内臓を食らうこともなかったろう。
そして、もう二度と女性を信じられなかっただろう。

玉川通りと世田谷通りに囲まれた三角地帯は、
都会の良心が肩を並べるゴールデントライアングル。
渋谷の飲んべい横丁なんかより、もっとディープな
戦後の闇市そのままの小さな店が密集している。
通り脇の映画館は、昔ロマンポルノ専門館だった。
今も二本立てで、いにしえの名画館を続けている。
『さすらい』はちょうど映画館を抜けたあたり。
看板も何もない、ビニール張りの白い階段が、
突然目の前に飛び込んで来たら、そこが入り口だ。


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九州男児と仙台女、南と北の感性がぶつかり合って、
そこにはいつも心地よい緊張と慰安が拡がっている。
九州生まれならではの上質なモツへの情熱が、
壁にぎっしり書かれた黒板のメニューに並んでいる。
胡椒が効いた「牛スジきゃべつ」は、九州の屋台の味。
そこいらのチェーン展開居酒屋には太刀打ちできない、
内臓一筋の、九州人の意地とハートが脈打っている。
仕入の目が厳しいから、生もの、ハツ刺しの類も旨い。

それだけではない、ここの名物は二人の会話の妙だ。
東京という都会を形作り、流行を生み出しているのが、
いつも、北や南から出て来た地方出身者だという事実。
永遠に色褪せることのない田舎モンの憧れこそが、
東京を世界に誇る都市にしている事実を知りたければ、
『さすらい』のビニールシートを潜るのが一番だろう。
「そろそろ帰りますか?」熱くなっていた九州人に、
西東京の覚めた知性が、そっと優しく微笑みかける。
夏の終わり、彼女はちょうど僕の半分の歳になった。

内臓にこそ郷愁あり。毎回勉強になります。(T.T.)


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