その62/雷門一丁目あたり、『蓑笠庵』の「あじフライ」

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同じ店の同じカウンターで肩を並べていた者同士が、
カウンター越しに対面すると、妙に緊張するものだ。
浅草の新店『蓑笠庵』の山本さんとキョウコさんには、
幾たびも神保町の名店『兵六』でお会いしていた。
そんなにお話したことはなかったが、二人の間に流れる
温かい空気と、キョウコさんの眩いばかりの明るさに、
いつもなんだか癒されながら、大きな力を貰っていた。

『蓑笠庵』はお二人の人柄がそのまま結実したような、
爽やかだが、しっかりとした、懐の大きな店だ。
雷門一丁目あたりは、観光客もまず訪れない静かな場所。
たまに聞こえるのは下町のカラオケスナックの響きと、
並びにあるカリスマ自転車屋、パンチサイクルに集まる、
自転車好きな若者たちの情報交換を兼ねた立ち話くらい。
下町の静かなざわめきをBGMに、油の音が聞こえる。
早くも名物になった「あじフライ」の登場だろうか。

二枚のあじと骨せんべい、おろしと山葵をかき混ぜて、
あじフライの上に載せ、生醤油をスーっと垂らす。
熱々のフライは一切の魚臭さもなく、サクサクだ。
さすが朝築地を覗いて、いいあじがなければ作らない、
そんな山さんの心意気がひしひしと伝わって来る。
それにしても、キョウコさんが丁寧にまぶしていた
自家製っぽいパン粉の香りと食感はただ者ではない。

「近くにボア・ブローニュっていう、パン屋があるの。
予約制で食パンやブドウパンを作っていておいしいの!」

水を一切使わず、牛乳とバターのみで作る絶品の食パン。
それを丁寧にパン粉にしたのなら、まずい訳がない。
ペリカンといい、浅草には食パンの名店が多いなぁ…。
そんなことを考えていると、頼んでいたキンキが焼けた。
キンキの干物、丸ごと一匹! もう、その匂いだけでも、
芋焼酎の二杯や三杯、飲めてしまいそうな勢いだ。
メニューの一面をほぼ占領している干物の類は、
すべて最良のものを現地からネットで取り寄せている。


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奥の小上がり、粋な火鉢の向うの扉を開けると、
実は大小三面のモニターとマシンが隠されている。
山さん、もともとの本職はシステム・エンジニア。
閑静な下町の一角からコンピュータを駆使して、
全国の旨いものを探索し、食器や南部鉄の鉄瓶を探す。
敬愛する『兵六』の作法に習った芋のお湯割は、
正一合のお銚子と白湯を入れた急須で作るのだが、
ここでは一つずつ違う南部鉄瓶で割って飲む。
〆に出してくれる鶏スープ、季節の炊き込みご飯。
最良の夜が静かに過ぎて行く、飲み屋は人そのものだ。


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