その64/池尻稲荷裏(表)あたり、『基久屋』の「手羽大蒜醤油」

伊勢物語は世紀のプレイボーイ在原業平の東下りの物語である。
こいつ、女にはとことんクールなくせに、人寂しい夕暮れに、
都鳥(現在のユリカモメである)相手にメソメソと泣いたりする。
自分には、とてつもなく甘い奴、ま、そんなのがモてるんだが……。
おーっと、新年から(まだまだ旧暦じゃ、松の内である)脱線した。
要するに、言いたかった話しは東下りが今じゃ上京というお話。
時が流れれば、いろんなことがひっくり返ってしまう、上下、裏表。
玉川通りを、よくチャリやバスなんかで通過する人たちなら、
大橋から池尻に入って、そろそろ三宿に行こうとするあたりで、
派手な奉納提灯で飾られた、お稲荷さんにしては大規模な、
池尻稲荷の存在を意識したことがあるかもしれない。
一見して派手な表門から入って行くと、お稲荷さんは蛇行して
少しずつ右に抜け、静かな旧大山街道にいつのまにか入る。
玉川通りの喧噪から抜けると、まるで狐に化かされた気分だ。
タクシーの運ちゃんたちが246旧道と呼んでる、この街道、
昔はとっても繁華な通りで、実は246こそ裏大山街道なのだ。
で、池尻稲荷の真裏、きっと、その昔のど真ん前に『基久屋』がある。
ちょいと粋なお兄さんと、部分ゴールドなヘアが色っぽい、
昔はディスコで遊んでた系の夫婦が丁寧に出してくれる焼き鳥。
普段は「やきとり」、つまりは豚の臓物しか食べない僕が、
ちょいちょい顔を出してしまう、稲荷横の旨いもん屋である。
何が旨いって、ここは何もかもが当たり前、正統の味わいだ。
せせり、ハツ、レバー、ボンボチ、砂肝、それぞれが旨い。
一切、気を衒った所がなく、それでいて、焼き具合、塩の塩梅が、
いちいちツボを得ていて、素材そのものの味を引き出している。
ジャガイモや、プチトマトをそれぞれベーコンで巻いたもの、
およそ街で見かけたとしても、決して注文しないだろう一品が、
ここではちゃんと旨い、なーんだ! これも有りだなとか思ってしまう。

薄い豚でかなりの本数のニラを巻いたニラ巻き、オクラ巻き、
ささみのバリエーションも多く、女性客だってニンマリだ。
塩もタレも旨いが、ここの大蒜醤油てのがハマる味である。
特に、手羽先や、なぜか存在するシロに合わせるとタマらん旨さ。
ママが丁寧に漬けたぬか漬けや、〆の鶏スープも欠かせない。
地元の常連さんが集まる日曜日には、鶏ご飯だって炊いてある。
トイレの帰り、壁を見ると記念撮影な額縁が飾られている。
ご夫婦と肩を組んで笑っているのは、哀愁のサンタナ様だ。
その夜から僕は、ラテンを聞く度に鶏が食べたくなって来る。

それぞれの「引き出し」を
つくっているのはこんなひとたちです。