その72/古川橋交差点あたり、『クーリーズクリーク』の「油淋鶏」

携帯の電話帳に、少しずつ繋がらない番号が増えていく。
アーティストの哲ちゃん、男女を越えた親友だったヒロミ、
屋台のおゆきさん、カメラマンのハッちゃん…。
番号を削除することができず、月日が流れていく。
「僕の心の中には命日という日めくりカレンダーがある」
そう書いたのは、文筆家でもある河内一作、大切な先輩だ。
通夜で、斎場で顔を会わせるたび、そのまま痛飲する。
それが、酔っぱらいの僕らにできる唯一の供養だからだ。
霞町がまだ、西麻布という野暮な名前で呼ばれる少し前。
霞町の中心だった場所がバー、『クーリーズクリーク』だ。
一作と健左衛門の2人は、その後も青山カイや、
代官山スワミ、恵比寿ケセラ、アダンなどを手がける。
そして2人が四半世紀ぶりに復活させたクーリーズ。
場所はアダンに程近い古川橋の交差点のすぐそば、
川沿いに建つ、アジアの租界を思わせる一軒家だ。
その昔の遊び人たちは、芋洗い坂の「東風」で、
少し腹ごしらえして、デニーの酒を飲んでから、
六本木から霞町の坂道をごろごろ転がりながら、
深夜のクーリーズクリークに潜り込んだ。
今度のクーリーズには中華の料理人もいるから、
もう夜中に酔っぱらいながら漂泊う必要もない。
綾塚さんが作る正統的な四川料理、優子のモヒート。
そして、屋根裏にはシングルモルトが無造作に並ぶ、
植民地風のバー「はらいそ」がひっそりとある。
クーリーズの「油淋鶏」は、そこいらの中華でよく見かける、
鶏唐揚げに葱一杯のピリ辛ソースをかけたものではない。
じっくりと油を回しながら、一羽の鶏を揚げていく。
雰囲気としては北京ダックに近い、本物の油淋鶏だ。
一羽、半羽、四分の一羽と食欲に合わせてオーダーできる。
油淋鶏を待つ間には、四川風の水餃子や青菜炒めもいい。
どの味も懐かしく、いつか口にした思いがある。
聞くと綾塚さんは、昔通った原宿龍の子出身だった。

80歳を越える僕の母親が上京した噂を聞きつけて、
ある夏の夜、一作さんからクーリーズに招待された。
棗・莢の佳代さん、我が息子、母、そして一作さん。
10代、40代、2人の50代、80代が四川を囲んだ。
健ちゃん(健左衛門)は今日、ライブに出かけている。
60を迎えたケンちゃんと一作氏のクーリーズは、
月に何度か、2人が選び抜いた良質のライブも演る。
夜中、「はらいそ」から川を見つめ、飲んだ。
命日カレンダーなんか、ちっとも増えなくていい。

それぞれの「引き出し」を
つくっているのはこんなひとたちです。