その76/下北沢ダイソーあたり、『よっちゃん』の「大葉天ぷら」

まだ小学生だった頃、天ぷらが大好きだった。
もちろん、鱚とか、穴子とか、海老とか、
そんな高級なネタなんて、食べたことなかった。
庭からバーちゃんが摘んでくる青紫蘇の葉っぱ。
東京風に言うと、大葉を毎日揚げてもらった。
大葉は時々、有明海苔に変わったけど、
どちらにしても薄っぺらな、色紙みたいなネタ。
天つゆなんてないから、塩を付けて食べた。
来る日も、来る日も、飽きずに食べた。
だから、『よっちゃん』の黒板で見つけたとき、
100円という値段を見たとき、すぐ注文した。
熱と油の力でパリパリに変身した大葉と、
天ぷらの衣が一体化して、涙がじわっと来た。
昭和が終わる日、天に召されたバーちゃんは、
もう何日も前から意識を失っていたのに、
東京からギリギリやっと帰ってきた孫、
僕の手を、力強くいつまでも握り続けた。
そして、その数時間後、息を引き取った。
ホッピーの「中」をお代わりしながら、
大好きだったバーちゃんの手を思い出す。
一生涯働き続けた佐賀の女の手のひら。
僕はバーちゃんが座って寛いだ姿を知らない……。
こんな気持ちに包まれてしまうのは、
『よっちゃん』のあったかい、優しい空気のせいだ。
おいしくて安い酒とアテ、気のいい常連たち。
下北沢という街のいちばんいい部分が、
『よっちゃん』という空間でひしめき合う。
そろそろ、何か別のアテを頼もう。
明太子フランスか、ハムカツか、湯豆腐か、
さき烏賊天、生牡蠣、しらす奴もいい。
でも、やっぱり、他ではなかなか見つからない
徳島直送の「ホルモンかす」を注文しよう。
ホルモンとして出荷できない切れっぱし、
かすの部分を牛の脂、ヘッドでじっくり揚げた。
言わばホルモンのホルモンとも言うべきアテ。
適度な塩気と噛みごたえが酒の速度を加速する。

子供の頃、実は虚弱児童だった僕のため、
バーちゃんはいろんなものを作っては、
健康にしたい一心で、どんどん僕に食べさせた。
マムシ、卵の黄身の黒焼き、ニンニクの丸揚げ、
いろいろな獣や鳥の肉、いわばジビエの類い。
そして、丁寧に調理したスジや内臓の料理。
おかげで、僕は今だって飲んだくれていられる。
うーん、ここらで熱燗に切り替えようか、
アテでしめ鯖と納豆天ももらおうかな……。
ありがとう、『よっちゃん』! 下北沢の街。

それぞれの「引き出し」を
つくっているのはこんなひとたちです。