その82/鷺沼春待ち坂真裏、『彩り亭』の「おまかせ」

真っ昼間から思う存分、寿司を食べたい。
ビールか日本酒を、軽く一杯飲んでもいい。
サっと飲み、サクッと食べ、午後を頑張り抜く。
ほんのちょっとだけ好いことがあった日など、
ハレの食である寿司を無性に食べたくなる。
しかし、いかんせん寿司屋は敷居が高い。
もちろん、お勘定のほうもそれ相応に高い。
が、頭の中ではもう青魚が泳ぎ始めている。
そんな時には迷わず田園都市線に乗り込む。
東急グループが作り上げた街を貫く、
なんとなくセレブな人たちを乗せた電車。
でも、それぞれの街は何てことない郊外都市だ。
鷺沼から、たまプラーザへ続く長い坂は、
街路樹のすべてが桜だから、春は壮観だ。
ピンク色の桜のトンネルが坂の天井になる。
そんな春待ち坂の一本駅寄りの真裏に、
洋品店や居酒屋が連なる素朴な通りがある。
寿司屋も二軒並び、一方に立食いの文字。
『彩り亭』の店主は銀座の某高級店を皮切りに、
一日客一組限定の超高級店、有名な人気店、
そして、様々な個性の大衆店に至るまで、
約三十店舗の寿司屋を渡り歩いて来たという。
その結果、辿り着いたのが現在のスタイル。
自分が大好きな魚、そして旨い寿司を、
懐を気にせず、思う存分満喫して欲しい。
その思いが飾り気のない店に溢れている。
気に入ると一箱仕入れて来るから、
ランチの時点でどんどん出してしまう、
鯖や鰯、鯵、小肌といった背の青い魚たち。
丁寧に切り目を入れた烏賊、程よい鮪。
その日のおすすめの魚たちや巻きものが、
次から次へと目の前に握られていく。
こんなにたくさん豪勢だなと思っていると、
さらに鮃や金目鯛、サーモンなどが、
目の前でバーナーに炙られて出てくる。

ランチの時間の「おまかせ」の値段は、
それでも、ちょうど千円という嬉しさ。
次から次へと客が回転するのも必然だろう。
久保田や十四代など、日本酒も充実している。
有名焼酎もごく普通の値段、ワインもある。
海苔汁、浅蜊汁、あら汁も丁寧なおいしさ。
ビールケースに座布団を付けた特製椅子で、
ちょいとゆっくり酒と魚を楽しむことも可能。
その昔、寿司が庶民のものであった事実を、
寿司本来の原点を、ここで存分に感じたい。

それぞれの「引き出し」を
つくっているのはこんなひとたちです。