その83/月島西仲通り横路地、『げんき』の「バージョン」

梅雨を跨いで、二つの店が歴史を閉じた。
音楽業界を脱サラしたゲンちゃん、
ベーシストから店主になったガミさん。
でっかいスピーカーに、アナログのレコード。
誰よりも音楽を愛した二人だからこそ、
今の音楽業界からサヨナラしたんだろう。
恵比寿に向かう線路の右側あたり、
渋谷の喧騒から離れた一角で、
二つの店はちょうどはす向かい。
見つめ合うように、二店の灯りが見えた。
さようなら、渋谷、大好きだった街。
ささくれた気持ちなんか、もう沢山だから、
メトロに乗って、月島まで出かけよう。
ママチャリと植木鉢に囲まれながら、
『げんき』のモツ串で乾杯しよう。
行きがけの酒屋で、缶チューハイ買って。
牛モツと牛軟骨、そして、牛フワ。
煮込みのスープを思い切り吸い込んだ、
豆腐と玉子の「バージョン」は550円。
定番が一通り揃う、入門用バージョンだ。
飲み物はワンカップと夏限定のハイボール。
それ以外は全部、持ち込み自由の至福。
白板には、その日のおすすめだってある。
鯵やハタハタの焼魚に、トバ 、マカサラ、
安過ぎて、値段非公開の新鮮な馬刺し。
どれもみんな、現地や築地からの直もんだ。

見番帰りのお姉さんや、先輩方に混じって
鍋を持って持ち帰りの近所のお母さんたち。
飲んでいる背中をスケボーが通り過ぎて行く。
そして、下町の小さな路地に西日が射す頃。
僕らはすっかり、ママの元気を貰っている。
ゲンちゃん、ガミさん、今度ここで会おうよ。
幸い僕らには、時間だけはたくさんあるから。

それぞれの「引き出し」を
つくっているのはこんなひとたちです。