バベル (0027本目)
メキシコの惨劇
菊池凛子のオスカーノミネーションで日本でも一気に注目度が高まった、アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督の『バベル』がいよいよ日本公開。配給元では「めざ○○テレビ」の密着取材やらなんやでてんやわんやな状況らしいが、多くの人はこう思っているに違いない。
「ようやく公開かぁ……」
いや、だってそう思いません? ゴールデングローブやらアカデミーやらで騒いだのは2ヶ月以上も前の話です。
そんなこんなで、この映画のプロットはご存知のとおり。モロッコ、東京、メキシコを舞台に一見何の関連性もない3つのストーリーが同時展開される。しかしそこは『アモーレス・ペロス』、『21グラム』で抜群の手腕をみせたイニャリトゥ監督。何の悪意なく放たれたひとつの銃弾を口火に、地理的、文化的、言語的にまるで共通点を見ないそれぞれの磁場をひとつの消失点に束ねていく。
その途中、アメリカ人夫婦(ブラッド・ピット&ケイト・ブランシェット)がモロッコを旅行するくだり。その夫婦の子供を留守のあいだ預かるベビーシッターが結婚式に出席するため、やむを得ずその子供達とともに国境を渡り、故郷であるメキシコのとある町へとおもむく。
その結婚式での模様。このシーンを見て、最初に頭に浮かんだのは次のひと言だった。
「やっぱ、ラテン系は違うなぁー」
というのも、その結婚式での乱痴気騒ぎと言ったらタダ事ではない。生バンドをステージに従え、老若男女が踊りまくる。みんなトランス状態だ。またお祝いのしるしなのか、首をちょん切られたニワトリが走り回っていたりもする。
この瞬間、ぼくは数年前に参列した友人の結婚式へとタイムスリップした。その友人はメキシコ人で、メキシコ人の女性と、メキシコのメリダという街で式を挙げたのだが、そこでもその乱痴気騒ぎぶりは文字通り圧巻だったのだ。
生バンドはマストアイテムで、披露宴が始まるや否や特別に設えられたダンスフロアーで500人はいようかというゲストがみんなして踊りまくる。当然、恥じらいを文化の機軸に育てられてきた僕は、その端で指をくわえて見ているしかなかったのだが、こう叫ぶ会場にそそのかされて、思わずスポットライトの元に転げ出てしまった。
「カモン、トーキョー!!」
へっ?俺はトーキョーなのか?
なにはともあれ、サルサを例に取るまでもなく、男がリードしてなんぼのラテン系ダンス。その後の惨状は推して量るべしだ。
しかしその披露宴は、ある意味、『バベル』以上に映画のような披露宴だった。というのもその友人は、いわゆる新興富裕層にあたる階級の家系だったので、会場は16世紀コロニアル調の遺跡。集まったゲストは政治家やら地元の有力者などそんなんばっかだった。当然、日出る国の中産階級出身の僕は足元にも及ばない。
そんな彼らが、ちょうど日韓共催ワールドカップ直前だったこともあって、「次はおまえの国に行くから、そのときは泊めてくれよ」と、次々に話しかけてきた。そこで返答につまった僕。しかし正直にこう答えた。
「君んちのトイレより狭いと思うけど、それでもよければ……」
みんな笑顔で“I don’t mind!” と言っていたが、その夏、うちのドアを叩くメキシコ人はひとりもいなかったことは言うまでもない。
4月28日(土)、全国ロードショー
公式ウェブサイト:http://babel.gyao.jp/

それぞれの「引き出し」を
つくっているのはこんなひとたちです。