山頭火
今日は山頭火について書きます。そのきっかけになったのは、
オオフチさんによる「ニューヨークほかけ舟」です。ぜひご覧を。
さて、山頭火と言えば「ラーメン?」と答える人もいますが、
これはもともと種田山頭火という俳人の名前です。本名は種田正一さん。
明治15年に山口で生まれた人で、禅の僧侶であり、
大酒のみでもあり、また多くの不幸と出会ったことで、
ただひとり道なき道を歩き続け、そのかたわらで句を残しました。
俳句と言っても、字余り字足らず季語無視という自由律俳句です。
散文というかキャッチコピーのような句ばかりなんですね。
僕はこの人の句で、これにやれました。
どうしようもないわたしが歩いてゐる
僕にも、はっきりと「どうしようもないわたし」と思える時期があって、
幸か不幸かそういうときにこういうものと遭遇しちゃうんですよね。
山頭火は、世を捨てたのか、世に捨てられたのか
実に微妙な人生を生きたんだけど、それでもどこかで確実に
俗世への未練というか愛着はあったように思います。
そこにもどらないと決めたのに、何かやり残しがあるようなもどかしさ。
それを客観視することで自らをいさめる、
みたいな、そういう時期ってありませんか?
そういう時期なら、山頭火は勧めません。ちょっとヤバい。
短い文字のなかに魂が埋没しちゃいます。なんてね。
来る人には来過ぎるほど来、来ない人にはまったく来ない種類。
しかし、どういう経緯でラーメン屋さんの名前になったんだろう?
