dear everything

1年365日、毎日が誰かの誕生日。
そして今日、僕はそれを迎えました。

数ある記念日のなかで、ごくごくパーソナルな記憶と
直結しているのが誕生日。
数えるのも億劫なほど膨大に積み重なった時間の束を、
一本の矢で貫くような日が、つまり今日。

父親はどんな第一声を放ったんだろうとか、
母親がはじめて親になった瞬間の気分とか、
最近の誕生日では不思議とそういうことばかりを考える。
だから「おめでとう」にどんどん違和感が募るわけです。
祝ってもらうべきは僕なんだろうか?
本当は父や母や、あるいはどこかにいるかもしれない
僕を生かしてくれている存在こそがその対象なんじゃないか、と。

謙虚になるとかじゃなく、それなりに誕生日を経験してくると、
自然とそういう気持ちになるんでしょうね。
なにしろ45回目だもんなあ。
サプライズパーティが用意されていたら、それはそれでうれしいけど、
なんとなくね、この日はじっと家にいて、
ぼーっとしてるのも悪くない気がします。

偉大なる偶然によって今日も生きているおめでたい自分から、
僕を生かしてくれているすべての存在に祝辞を。


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