糸が切れた未来
2月に行ったマルタにあるジュガンティヤ遺跡。
発見当初は、ローマあたりの文明の模倣だと思われていたけど、
再検証したらエジプトのピラミッドより1000年も古い
紀元前3600年ごろにつくられたものであることが判明しました。
そのピラミッドも、昔は奴隷が建造に携わったと言われていたけど、
やはり調査を進めていったら、地域住民が仕事として関わった
証拠となる住居跡が発掘されたんでしたよね。
そうして歴史は、調査技術の進歩や、
その真実に迫ろうとする人々の情熱によってより真実に近づき、
それこそ日々更新されていきます。
けれど歴史って、たとえば教科書に載ってるような記述って、
そこで同時多発的に連鎖して起こったはずの数多くの事実のなかから、
誰かにとって都合のいいものだけすくい上げられることがあります。
強者と弱者、被害者と加害者。
無機質なものに刻まれているはずの真実も、
人間の持つ感情によって闇に閉じ込められる場合も少なくない。
だから歴史は、その行間を読み解こうとする
勇気と努力が必要じゃないかと思うんですね。
紀元前の史実が露になってゆくのはすごくわくわくするのに、
自分の国のたかだか60年前の出来事がはっきりしないことには
ひどく胸がざわつく。
糸が切れた凧みたいに、過去とのつながりを持たない未来が
ふらふらと宙に舞うような気がします。
それはやっぱり不安定ですよね。
