圧縮される記憶
子供のころ過ごしていた場所に大人になってから行くと、
驚くほど狭く感じたりするでしょ?
必死でよじ登っていた塀が目線より低くなっていて、
なるほど自分が物理的に成長したからなのかと思います。
でも、ある程度の大人になってからも、
かつて過ごした場所がかつてと違って見えることもありますね。
その場合でも、おおむね狭さや低さを感じる。
それってどういうことなんだろう。
毎日見ていた景色を毎日見なくなったことで、
その風景の記憶は圧縮されちゃうのかな?
昨日、かつて通った高校のある街をクルマで横切りました。
通学路の景色は部分的に当時のままで、とっても懐かしかった。
早く卒業したいと入学直後から思っていた場所なのにね。
至極当然な話だけど、僕が16歳に戻れる方法はどこにもなく、
だからもう二度とあの当時の感覚でいまも変わらぬ景色を
見ることはできないんですよね。
変わらないと思っている電信柱や工場の壁だって、
過ぎた時間の分だけ風化してるはずだし。
どうあがいても立ち止まることを許さないのが、時間の流れ、
または記憶の圧縮ってやつなんでしょう。
6月は早かったなあ。僕はそう感じているけど、あなたはどうですか?
