平和

何があっても明日は晴れてほしいときに、
誰かが「降るね」と予測してその通り雨になってしまった。
すると、本気で晴れてほしかった人には、
「お前が言ったからだ」という怒りがこみ上げますよね。
誰かのセリフに自然界を捻じ曲げる力なんかあるはずないのに。

なぜ僕らはそこまで言葉に左右されるかというと、
それは日本語に言霊が宿っているからだと、
井沢元彦さんの『「言霊の国」解体新書』という本で語られています。
コトダマにロマンチックな神秘性を感じて手にしたんだけど、
そんな考えに冷たい水をかけられるような内容でした。
平和と口にすれば、それだけで日本人は平和になれると信じている、
というような日本人のあいまいさを、
文字通り言霊を軸に解体しているのです。

言葉を巧みにすり替えながら、
敵ではなく味方をだまし続けたこの国の戦争が終わって63年。
その行為について僕には上手に語る言葉がないけれど、
僕らの親の世代は、祈りや願いを口にする以前に働き詰めて、
そうして今日を築いた。きっとそれが神秘的でも霊的でもない、
平和に必要な現実なんでしょう。

そしてその土台の上でのうのうと暮らしている僕は、
平和というもののために何をしたらいいんだろうと、
僕の次の世代のために何をつぎ込んだらいいんだろうと、
たとえば今日のような日には考えてみます。
正直、毎日そればかりは考えられないけど、
中国でオリンピックが行われているこの夏は、いい時機かもしれない。

祈るだけではない平和。
まずは日本人以外の選手のプレーに拍手することからはじめても、
いいのかな?


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