手も足も出ない生放送
テレビの生放送の録画って、奇妙にライブ感が薄くないですか?
試合の結果を知らずに見てるんだから、
何が起こるかわからない期待感があっていいはずなのに、
なぜかワクワクしない。だから、もう一度見る気も起きない。
そのかわりと言うのも変だけど、編集されたものは
何度も見ることができる。たとえば、音楽ライブのDVDとか。
あれはライブ映像といいつつ、編集することによって
物語化されてるわけですよね。
書物も同じで、優れた小説は何度読み返しても
発見があるけど、その小説のプロットやメモ書きを目にしても
小説から得たのと同じ感動は沸きあがらない。
なんというか、資料なんですね。
資料は読むものじゃなく確認するもので、
結局は記憶の後追い作業的存在なんだと思うんです。
生放送の録画にワクワクしないのもそういうことなんでしょう。
じゃリアルタイムでこそワクワクするのはなぜかと考えると、
後で聞けば明らかな雑音やどうしようもなく無駄な間も、
その時点ではすぐに不必要な成分だと判断できなくて、
要するに、記憶が構築されてゆくための生な情報に対して
手も足も出せないその不自由さに緊張するというか、
期待感が募るんじゃないかと思います。
なんか面倒くさいことを言ってますが、
バレンティーノ・ロッシがMoto GPチャンピオンになった瞬間を
ビデオで確認して、同時刻でよろこべなかったことに
がっかりしてるだけの話です。
