留める

ただいま午前6時。窓の外ではやや大粒の雨が降っています。
ってか、寒いね。

そんなわけで選挙から一夜が明けました。
結果はね、ああそうだろうなあという感じです。
テレビでは劇的とか歴史的なんて言葉で力んでいるけれど、
そこまでかなあ、という印象もあります。

「そういうムードに流された結果だ」と、ムードに流される国民を
揶揄するようなコメントをする人もいれば、
「何か得体のしれないものに負けた」とムードを理解できないまま
うつむいた人の顔が大写しになったりもしています。

気分で政治を考えちゃいけないんですね、きっと。
いや、あらゆる事柄も同じなんでしょう。少なくとも説得力のある
言葉に置き換えて語らなければいけない、ことになっている。

けれど、言葉にした瞬間、そのムードは死ぬんだと僕は思います。
死ぬという表現が大袈裟なら、過程が結果となって固まる、でもいい。
それでも新しいムードはどこかで生まれて、結局のところ
いつまでたっても固定しないのがムードなんです。

たとえば、「あなたが好き」といった瞬間、
それまでの好きはこれからの好きとは変わってしまい、
かつての好きに戻れないように。

語れないものを語るのはむずかしく、それでも語るということは
留めることなんだと、風下のほうにいる物書きの僕でさえ、
そういう覚悟が必要だと思うのです。

何の話だっけ? ああ、台風は今日、近くまでやってくるらしいですよ。


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