困惑のサイン
こんな僕でも稀に「サインください」と言われることがあります。
昨日は岩手からやってきた親子に頼まれました。
テレビに出ている影響というか恩恵というか、けれど正直なところ
ひどく困惑しますね。
オレのサインなんて価値ないよ、という思いがまず前面に出て、
芸能人でもないのにスラスラ書いちゃうのはどうなんだ?
という照れが続くから。
でも、これは個人ではなく番組(スカパーの『車輪倶楽部』ですよ)の
代表として受けるべきだと考えてお受けするようにしています。
ただ、決定的に字が汚い。言うまでもなく僕には特定のサインなどなく
ごく普通に楷書で自分の名を記すんですが、
それがねぇ、残念なほど不細工。
いくつか持ち歩いているコンプレックスのなかでは、
けっこう重い部類のひとつですわ。
字が上手だなあという人は、およそゆっくり書いていますね。
つまりていねい。僕に欠けてるのはそれなんだなあ。
なにしろ仕上がりを急いじゃう。
その悪しき習慣というか性格はなかなか直りません。
だからね、いわゆる記号としての書き殴り系サインを持ったほうが
むしろ心安らぐのかなと、そのほうがそれなりなのかも、
とか思ったりもして、なにしろサインに関しては困惑です。
気持ちを込めればいいというものでもなく、
いまごろ岩手の親子は「下手だね」とがっかりしてんじゃないかと、
そわそわと申し訳ない気持ちが込み上げてくるのですよ。
